大沢の里(The village of Osawa) / 三鷹 (Mitaka)

三鷹市と調布市の境にある大沢。野川の水辺に水車と農家、わさび田というまさに里山の風景が広がります。



蛍の里としても有名。花・鳥・水生植物と自然の宝庫です。

自然観察の路がつくられており、途中に横穴墓があります。


大沢の里古民家は、明治35年に創建された、「四ツ間取り」の典型的な農家です。わさび栽培や養蚕などの生業を営む農家として、数度の改築を経て、昭和55年頃まで民家として使われていましたが、平成19年に所有者である故箕輪一二三氏から三鷹市に寄贈されました。

平成28年から始まった復元・整備工事では、入念な調査のうえ古民家を一旦解体し、生業や暮らしの移り変わりに伴う増改築を踏まえた、昭和25年〜55年頃の佇まいに復元整備しました。

時は真夏。外は灼熱。でも家の中はとても涼しいことにびっくりしました。都心でも、自然に囲まれ、風通しのよい家は涼しいのです。

天井を見ると茅が見えます。木の家は気持ちがいい。

水車経営農家の母屋の建築年代は文化10年(1813年)頃と言われています。

屋根は茅葺の寄棟造り。屋根裏では養蚕を行なっていました。

水車は今も動いています。すべて木でできています。水車は赤松。ヤニの耐水性があるから赤松でないといけないそうです。赤松は成長に時間がかかるのでなかなか手に入りません。
直径4.6m、幅約1m。とにかくダイナミックです。自然の力でこんな大きな水車が動くということ、そしてそれがすべて木を使って精巧に組み立てられていることにただただ、驚きです。
写真にはおさまりません。ぜひ一度見ていただきたいと思います。年に1回、実際に脱穀をしたり、蕎麦を打ったりするとのことです。
杵の欅なども大沢の里でとれたもの。今も大きな欅が数本、里には残っています。水車の部品もすべて木。水車の技術者によって、綿密に計算されて使い分けられています。ただ、水車大工はもういなくなり、今は長野県の水車大工の方が定期的にメンテナンスにこられているそうです。

篩いも木製。さらには篩いにかけてさらにもう一度挽臼で細かくするための昇降機も木製です。

水車には、回転の動力を杵や臼に伝えて製粉や精米を行う動力水車と、水を汲み上げる揚水水車があります。武蔵野地域の水車はほとんどが動力水車で、江戸時代以降新田開発に伴って数多く設置され、明治末期から大正期にかけて産業技術近代化の中で最盛期を迎えました。

