Allergy
社会人になって最初に大変お世話になった商社には、世界で通用する一流大学卒の理系の方がたくさんいらっしゃいました。同期も含めて、そういった超一流大学の大学院で専門分野を研究した方と一緒に飲んだり、ゴルフをしたりという、貴重な経験を10年近くさせていただきました。
地方大学の文系卒の私にとっては、そういった超一流の方々のバックグラウンドも仕事の内容も憧れとともに、どれだけがんばっても手が届かない存在でした。そして、大変光栄なことに、入社1年目で社宅に入った私は、なんとその超一流の大先輩たちに公私にわたって直接大変お世話になる機会をいただきました。人生において、これ以上ないと思われる貴重な経験をさせていただきました。
日本の有名大学の教授の先生と、ノルウェーとの間で、ある先進的な研究をされている超優秀な憧れの先輩と一緒に、タクシーで社宅に帰るときに、その先輩に「私も先輩のような仕事がしたいけど、文系の私には無理ですよね」とポロっと言ってしまったことがあります。
その時、超一流大学の大学院卒の大先輩が、「そんなことは全く関係ない。私にとって、学生時代の6年間が、今の仕事に何か役たっていることがあるとしたら、それは新規の研究分野に対してアレルギーをもたないで取り組んでいこうという姿勢を持てることだけだ」とおっしゃいました。
私はその先輩が、大学の研究の延長線上で、当時の専門分野の第一線で仕事をされているのだと勝手に勘違いしていましたが、大学の専門分野と当時の仕事の分野とは全く違い、その違いはタンパク質の研究と高分子の研究くらい、大きく分野が離れていたようです。また、先輩によると、大学時代の研究と商社の仕事は全く違って、商社マンである以上ビジネスを作り出すことが仕事であるとのこと。研究の難しさと、商社マンの仕事の難しさは全く違うとのことでした。
当時の私は、この時にいただいた人生において変えがたいお話を、1割も理解できていなかったなと思います。今の私は、当時よりも大分理解できます。
ただ、当時の私の心の中で、響いたのは「アレルギー」という言葉。免疫について今よりもさらに知識がなかった当時の私は、花粉症の人がマスクをして花粉を遮るようなイメージで捉えました。
その先輩のようにかっこよくなりたいと思うのが、男の子のDNAです。その時から、未知の分野にアレルギーを持たないようにということを心がけてきました。
今、自分の専門分野は何か?と聞かれると、悩んでしまいます。40代にもなって専門分野がないと、きっと人材としての市場価値はないのでしょう。でも未知の分野にアレルギーを持たないということだけは心がけてきました。
商社を10年でやめてしまったので、それ以来、その憧れの大先輩にはお会いできていません。お会いした時に、恥ずかしくないようになるためには、まだまだ当分の間修行が必要だな、と思います。いつか、何かの専門に特化しなければ生きていけないだろうとは思いますが、その時になっても、未知の分野に対してアレルギーを持たないようにように取り組んでいきたいと思います。
できるかな?