六義園(Rikuren Gardens) / 文京区 (Bunkyo-ku)
六義園は五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15(1702年)に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園です。当園は池を巡る園路をあるきながら移り変わる景色を楽しめる繊細で温和な日本庭園です。
江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、明治時代に入って、三菱の創業者である岩崎彌太郎の別邸となりました。その後、昭和13(1938)年に岩崎家より東京市(都)に寄付され、昭和28(1953年)に国の特別名勝に指定された貴重な文化財です。
以上 六義園パンプレット(公益財団法人東京都公園協会)より引用
和歌山市とゆかりが深い庭園であり、「万葉集や古今和歌集などに基づいて園内に作られた「六義園八十八境」と呼ばれる88か所の名所には、和歌山市の地名や景観が数多く設定されており、「六義園」を通して「和歌の浦」を感じることができます」(和歌山市ホームページより引用)とのこと。
東京にある六義園を訪れて、和歌山の和歌の名前の由来を意識しました。
以下の橋が渡月橋。「和哥の浦蘆辺の田靏の鳴くこゑに 夜わたる月の影ぞさびしき」という歌から名付けられたそうです。
この橋を実際に月が渡っていくイメージを、今でも心に描くことができます。六義園のすばらしさを、渡月橋だけでも感じることができます。感激です。
六義園の名前は、歌の分類法の六体(そえ歌、かぞえ歌、なぞらえ歌、たとえ歌、ただこと歌、いわい歌)からきているそうです。金沢の兼六園の六とは意味が違うのですね。
兼六園のイメージを持って行ったので、最初は「おやっ?」と思ったのですが、意味を知って納得です。
庭園が和歌そのものであると感じました。景色を通じて心の移り変わりを教えてくれます。季節と生き物が加わることで、人生そのものだなと思いました。
内庭大門です。門をくぐるとその先は庭。
門をくぐると巨大なシダレサクラが出迎えてくれます。秋なので咲いていませんが、堂々たる姿です。
雪つり。金沢で馴染みの雪つりとはまた違った趣があります。
紅葉。静かな優しさを感じる色です。
二つの竹林。
そして苔
竹林も苔も、光が見事な演出をしてくれます。すばらしい画家も、光の移り変わり、色の移り変わりを絵に閉じ込めることはできないと思います。だから、昔の人は、和歌を詠んだのか、と納得です。
通路か?と思う橋も、水の反射を通じて演出をしてくれます。
色はなくても、光と陰が語りかけてくれます。
本当に東京の都心にあるのかと思うような空の広さ。