Data
情報を発信する人に、情報が集まる。
社会人になったばかりの時に、大先輩に教わりました。
今も、その普遍的な法則は変わらないと思います。
質の高い情報を発信することが重要で、質の高い情報の発信をするためには、自分自身の考えを持たなければなりません。
正しい情報か、間違った情報か、その理由はなぜか、自分はどう思うか、
たったこれだけを考えるだけでも、自分の能力の低さを痛感してしまいます。
だからこそ、情報を発信し続けることは、とてもよいトレーニングであると言えます。
情報を発信する人に、情報が集まる。
これは、情報は流れるものであるという前提だと思います。
お金を同じ原理だと思います。投資をすればリターンがある。
投資にはリスクがあるから、正しい投資をすることは難しい。
情報もお金も、手に入れるよりも使う方が難しいと言えます。
一方で、情報の加工の仕方は、どんどん技術革新していきます。
データベースに蓄積されたデータは、テクノロジーによって大きな価値を生み出す可能性のある金の卵。
今、情報は使うよりも、獲得することと、加工することに、みんな注力しています。
おそらくその貯まった情報と、加工された情報は、画期的なソリューションを提供するのでしょうが、
果たして人々は、それを使いこなすことができるのか?
使いこなすことができなくても、安心です。
ちゃんとマニュアルが使い方を教えてくれます。
おそらく、AIが音声つきですごく丁寧に教えてくれるでしょう。
でもそれは本当に、人の役に立つのでしょうか?
人々は十分豊かになった今、きっとその、画期的なソリューションは、
そのソリューションを使う側でなく、ソリューションを提供する側の役に立つだけのような気がします。
情報を発信する人に、情報が集まる。
これは普遍的な原則なのか、それとも技術革新の結果、情報の定義そのものが変われば、原則も変わるのか?
私は、普遍的な原則だと思っています。