アルコールとたばこと – Alcohol and Tabacco –
昨年のリオのオリンピックではロシアの選手団のドーピング疑惑が大きな問題となりました。また、日本でも超一流のプロ野球選手や芸術家のドラッグが問題となりました。
薬は多くの場合、化学物質。人間が自ら作り出したものであり、とんでもなく優秀な人々が長い年月かけて開発と実験と臨床を繰り返した結果誕生します。そうやって作り出された化学物質は、人体によい影響を与えることもあれば悪い影響を与えることもあります。
総じて言えることは、薬の力を借りる時は、何かしらの目的がある時であり、そして一旦力を借りると依存する危険があること。これはアルコールもタバコも少なからずあると思います。
かつて薬がなかった時代、人は自然の力に頼りました。その自然とは、神への祈りの場合もあれば、キノコなどの菌類や薬草を実際に煎じるところもあります。アルコールにしてもタバコにしても自然の力であることには変わりありません。
なぜ、未成年はアルコールとたばこに憧れるのでしょうか?大人がお酒を飲んでいて楽しそうだからお酒を飲むのと、大人になった証を手にいれたいために少し背伸びしてお酒を飲むのと、タバコを吸っていてかっこいいと思うからタバコを吸うのと、煙を吸うのって、どんな味だろう?という好奇心からタバコ吸うのと、いろんな動機があると思います。これって、人が成長するのに必要なこと。
なぜ、美術収集家は、高価な美術品を買うのでしょうか?美術に関心がなかった人も、大金を手にするとなぜ高価な美術品を買うようになるのでしょうか?美しいものを美しいと感じることは、人が生きる上で絶対的に重要なこと。美味しいものを美味しいと感じることも、同様と言えます。そしてとても美味しいお酒もあれば、ある人にとっては特別においしいタバコもある。
すべての物事はコインの裏表、表裏一体ですが、タバコもアルコールも、ドラッグも、ガンの治療薬も、芸術品も、それぞれ全く無関係ではないと思います。素晴らしいパフォーマンスをスポーツの世界で発揮しなければならない人が、薬の力を頼ったり、多くの人を惹きつける感動的な芸術を誕生させる芸術家が薬の力を頼ったり、ということは、世の中からなくならないと思います。
私は体質的にお酒は強くありません。ビール1杯で吐き気がし、ビール3杯も飲めば大抵のことは翌日覚えていません。それでも楽しければワイン1本くらいすぐにあけてしまうくらい飲むことがあります。それで人に迷惑をかけることもあります。でも「酒の席では無礼講」というとてもありがたい格言があり、その言葉に何度救われてきたことか。この言葉が誕生して、そしても今も受け継がれているのには深い、深い理由があると思います。
昔、カナダでタバコの価格をものすごく高くしたことがあるそうです。そうすると闇タバコが流行。むしろタバコがらみの犯罪が増えて、政府はすぐにタバコの価格を元に戻したとのこと。アメリカの禁酒法もそうですね。禁酒法はしばらく続きましたが。
一方でイスラムの国ではお酒は徹底的に禁止されています。これはお酒を持ち込ませないというところからの徹底。持ち込むと厳重な刑事罰に問われます。アラブの春でエジプトのホテルなどでは普通に飲酒できましし、ドゥバイのような行政府では全面的に飲酒できるので、この徹底もいつまでも維持できるかどうかわかりませんが。
いずれにしても、お酒とタバコっていうのは、人間の裏と表、善と悪、対立と融和、すべてを包み込む存在なんじゃないかなって思います。極論ですが、ロシアの人々のドーピング疑惑っていうのは、結局ロシアの方々が体質的にお酒が強いということが背景にあるんじゃないかなって思います。
疫学的にタバコが健康に有害であると証明されてきました。酒についてもガンの発症率が高くなるというデータが存在します。しかしまあ、そんなに酒とタバコをいじめなくてもって思います。受動喫煙はよくないので分煙は徹底。欧米のように路上飲酒厳禁。といったことが徹底されれば、お酒もタバコも大いに楽しむべきであると思います。
そして、自分の限界ギリギリまで力を発揮して、それでもまだ高みを求めて頑張っている人たちが薬の力に頼らないようにすることが大事じゃないかな?ミケランジェロやレオナルド・ダ・ビンチは薬に依存したでしょうか?おそらくそれはないでしょう。しかしもしかしたら、どちらかは、あるいは両方とも、お酒はよく飲んだんじゃないかな?いいものを作り出すには心の変化と心の平穏のギャップが必要だと思います。お酒の力がなくてもそれができる人もたくさんいますが、お酒はそれを助けてくれることは間違いないと言えます。
行き過ぎた禁酒や行き過ぎた禁煙が、人として大事なものを失わせる方向にならないことを信じます。
医学の進歩のために、新薬の開発は必要です。合成医薬でなく、抗体医薬の方向に向かっていますし遺伝子医療の方向にも向かっている。だから極端に危険な合成化学物質は誕生しないかもしれませんが、人間が成長と挑戦を求め続ける限りは、どの分野でもやはり行き過ぎた開発は生まれ続けるでしょう。
そういった時に、再び、酒とタバコを頂点とする。酒とタバコを崇拝するということではありません。それぞれが、それぞれの頂点ですよ、この領域を超えないようにしましょうよ、とするために、必要なものだと思います。
お酒やタバコに限らず、すべては裏表。2017年もいろんなことが起こると思います。もしかしたら全く予想だにしなかったことも起こるかもしれません。でも、いいものも、悪いものも全部包み込む、酒とタバコのように、この領域は超えないようにしましょうよって、バランスをとっていくことができたらいいなと思います。