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22歳で社会人になって、40年後、大企業の役員になる人もいれば、平社員の人もいれば、一流のアーティストになる人もいれば、住むところがない人もいると思います。40年間という時間は、進む道によって、大きな違いを生み出します。

大企業の役員になって幸せな人もいれば、幸せでない人もいます。平社員で幸せな人もいれば、幸せでない人もいます。一流のアーティストになって幸せな人もいれば、幸せでない人もいます。住むところがなくて、幸せな人もいれば、幸せでない人もいます。

人は、自らが作った秩序やものさしで、上とか下とか、右とか左とか、上昇とか下降とか、どうしても分かりやすくしたくなってしまいますが、幸せかどうかは本人次第なので、他人の介入の余地はありません。

社会的身分が高いと思われている人と、社会的身分が低いと思われている人が対峙したときに、上から下にとか、下から上に、とか見たがるのは、自分が幸せでない証拠だと思います。自分の基準は自分なので、自分が幸せな人は、他の人も幸せであるべきだと思っているので、まっすぐ対峙すると思います。

40年間の、before/afterで、何か見えない差があるのかどうかは知りませんが、神様は共通に、思い出を与えてくれます。40年前の思い出は、1年前の思い出より、苦く、せつなく、輝いています。思い出して、失敗したとか、傷つけちゃったな、とか、お詫びのしようがないな、とか、一杯あります。神様は、その償いのために、過去だけでなく、未来の時間もくれているのだと思います。

ある日の会話で、突然過去の事を思い出します。そうすると、その思い出を忘れないうちに、その償いの機会を与えてくれます。時間は自分が作り出しているもの、出会いは自分が作り出しているもの、対峙している相手は自分自身。だから、自分の思い通りになることなんて一つもないし、やりたいと思って、できないことなんて一つもないということだと思います。

”上を向いて歩こう、涙がこぼれないように”って、素晴らしい歌詞だなあと、5年間お世話になった会社を去る今、改めて思います。

2020-01-29 | Posted in BlogNo Comments » 

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