偕楽園(Kairakuen) / 水戸(Mito)

偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園とならぶ「日本三名園」のひとつで、天保13年(1842年)に水戸藩第9代徳川斉昭公によって増援されました。

斉昭公は千波湖に臨む七面山を切り開き、領内の民と偕に楽しむ場にしたいと願い偕楽園を作りました。

園内には約100品種・3000本の梅が植えられ、早春には観梅客で賑わいます。

弘道館が文武修行のための藩校であるのに対し、偕楽園は修行や仕事の合間に来て、詩歌をうたうも、管弦をかなでるもよく、人としての健全育成に必要な心身の保養地としたところです。

このあたりは昔から湧き水の多かったところで、斉昭公は偕楽園造成に当たり地形の高低差を利用して集水し、造園上の景観を考慮した白色の井筒を据えた湧水泉を設置しました。

この水は眼病に効くと言われ、好文亭の茶何陋庵の茶の湯にも供されました。泉石は常陸太田市真弓山の大理石で、寒水石ともいいます。現在の泉石は4代目で、昭和62年(1987年)12月に更新したものです。

2017-03-20 | Posted in IbarakiNo Comments » 

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